インタビュー

Interview09

  • ARISAKA SYOICHI

    テックショップジャパン株式会社 代表取締役

2020年2月29日、「ものづくりによる新たな価値創出の場」としてオープンした会員制DIY工房『TechShop Tokyo』が閉店しました。ハードウェアスタートアップのみならず、企業の新規事業におけるプロトタイプラボとして、またクリエイターの工房として、まさにさまざまな人たちが多様なアイディアをカタチにする場を目指していました。
約4年間の活動の中で、どのような成果があったのか。なぜ閉店に至ったのか。私たちは、TechShop Tokyoの取り組みから何を学び、どう生かしていくべきかについて、テックショップジャパン株式会社 代表取締役社長の有坂庄一にお話を伺い、考察してみました。

「アイデアをカタチにしたい」スタートアップ、大企業社員、クリエイター、学生…等、約1,800人の多国籍・多様な会員が集っていた。

TechShop Tokyo(以下、テックショップ)のスタートと、その目的を教えていただけますか。

2016年の4月1日、『誰もがアイディアをカタチにできる世の中にする』というコンセプトの元、日本発の新たなサービスやプロダクトが生まれてくることを目指してスタートしました。本家の米国テックショップでは、カード決済の「Square」や、アート作品のような本の形をした照明器具の「Lumio」など、世界的ヒットにつながったプロダクトが生まれていました。日本でも同じように先進的な価値がテックショップから生まれることによって、結果として日本の製造業全体の活性化につながっていくという大きな目標を掲げていました。

当初、どのくらいの会員数を見込んでいたのでしょうか。

オープン前の見込みとしては、オープン2年(17年度末)で1,000人。その後、1,300人まで伸びるという見込みでした。実際は17年度末時点で800人超でしたが、最終的には1,800人を超えるまでに増えました。

会員の内訳を教えていただけますか。

テックショップの会員様は、非常に多様でした。と言いますのも、得てしてヒット商品は、自分のため、もしくは誰かのために作ったものが多くの人の共感を呼び、結果的に大きなビジネスになると考えていましたので、あえてビジネスインキュベーションに寄せたり、個人の趣味・ホビーに寄せたりといったことはせず、広く『アイディアをカタチにする人たち』に来ていただいた結果だと思います。それこそ大企業の新規事業開発からスタートアップ、町工場、自治体、クリエイター、学生、趣味でものづくりを行われている方まで、本当にさまざまな人たちに会員となっていただきました。また、会員様の国籍の多様さや、起業家とフリーランスの中間のような人たちが多かったこともテックショップの特徴だったと思います。

4年弱の稼働期間でしたが、テックショップからどのようなものが生まれたのでしょうか。

基本的にテックショップで行われる作業は『原理試作(コンセプトをかためるための開発試作)』です。ここから量産化試作を経て出荷開始となるわけですが、そこに至るまでに数年かかる場合もあります。そのため、最も進んだ段階となる『量産化して出荷を開始した』ケースが数件。支援させていただいた企業の新規事業のうち事例化しそうな案件も同じく数件。クラウドファンディングで資金調達に成功したケースが10数件。そして、まさにこれから起業しようとしていたり、会員同士のコラボレーションによってプロジェクトが始まるといったシードフェーズ(事業の立ち上げ段階)は、この1年でかなり増えましたね。

コラボレーションの「場」としてのテックショップコミュニティの形成

スタートから4年目にして結果が出始めていたのですね。

そうですね。会員数が増えていき、お客様同士の交流が活発になることで多くのコミュニティが形成されました。また、多くの施策を支援していく過程で「投資家を紹介してほしい」とか「知財の相談をしたい」、「設計できる人を紹介してほしい」といった要望は必然的に増えていくわけですが、その対応をしているうちに、投資家や弁護士、工場などのネットワークもできていきました。この動きに伴って企業の新規事業に携わっている人たちとのネットワークも増えていきますので、企業とスタートアップのマッチング的なことをさせていただくようにもなりましたね。
こうした傾向は、あくまで個人のDIYをメインとする米国テックショップとは異なるものであり、われわれが試行錯誤しながら構築した、日本ならではのモデルだと考えています。こうした結果を見ますと、テックショップはイノベーターやインキュベーター、デザイナー、さらにはメディアやマーケティングなどの人たちともつながる、あるいはつながっている人との出会いが可能になる場所。最終的には、エコシステムとしての機能を備えるところまで到達できたと思っています。

テックショップでは、コミュニティ活性化のために実施していたことを教えていただけますか。

一つ目はミートアップ系のイベントの実施です。毎回テーマを決め、その分野のトップランナーのスタートアップ数社をパネリストとしてお迎えしてディスカッションを行う『Meetup in ARK Hills』や、アイディアを持った人が投資家に向けてプレゼンを行う『Pitch Challenge』、それから会員様間の懇親パーティなども行いました。
二つ目は、街のイベントへの参加です。森ビルさんの協力を得て、赤坂のアークヒルズで週末に開催されるマルシェで、会員様が作った作品の展示やワークショップを行ったりしました。背景も何もご存じないマルシェのお客様からの声は、時としてアンケートを実施するよりも有効なフィードバックになったりするんですよ。
そして三つ目は、『考える場』の提供です。私は、「考える→創る→試す」という行為が1つの大きなサイクルと考えていましたので、考える場として多くのトークイベント等も開催しました。こうした活動を行うことでテックショップが『創造性×テクノロジーのサロン』のような場所になることも目指していましたし、別のコミュニティの人たちとわれわれのコミュニティが交わることで、何かしらの化学反応が起きることも期待していたんです。

収益化の壁と、まだまだハードウェアスタートアップの数が少ない現状。大企業リソースの使い方の柔軟性を高めていく必要がある。

ところが、それらの成果が出始めてきたところで閉店が決まりました。その理由とは何だったのでしょうか。

最大の理由は、収益面での課題ですね。大きく3つの課題があったと思うんです。
一つ目は、最低限の利益を出すための施設の価格設定と、会員様が支払える金額とに乖離があることです。先にもお話ししましたが、テックショップで行われる作業は『原理試作』です。スタートアップでいうならばシリーズAかBの段階なのです。まだその段階では潤沢な予算がありません。これは大企業でも同様。新規事業開発部門の予算は、皆さんが想像する以上に少ないものなのです。
二つ目は、物理的制約の問題です。会員数が増えるほど収益も上がるビジネスモデルではあるのですが、会員数がある程度以上になると機器が思うように使えなくなる状況に陥るため、どうしても使用に上限ができてしまうわけです。
そして三つ目の課題は、企業を含むハードウェアスタートアップの数がまだまだ少ないことが挙げられますね。

運営上の課題ともなったハードウェアスタートアップの活性化について、どのようなお考えをお持ちですか。

ハードウェアに限らず、日本はスタートアップが少ないと言われていますが、個人的な感想としては、企業に多くの技術と人が溜まっているからだと思うんです。しかし、優れたアイディアを思いついたからといって、まだ小さなお子さんのいる40代の管理職の人が起業するには、なかなかリスクがあると思います。例えば、日本人の働き方が「大企業に就職→ベンチャーに転職→起業→大企業に転職→1年休み→中小企業に再就職→…」などという動き方が実現できるようになれば、この問題を解決できると皆さんお考えだと思います。私は、これこそが、働き方改革だと思っています。また、0→1と10→10,000の世界を両方経験した人材が増えることは、日本の経済産業活性化において、非常に重要なことだと思います。
ただ、現実的には難しいところがありますので、その中間策として企業からスピンアウトする新規事業の増加も重要ですね。しかしながら、企業発の新規事業にも課題は2つあると思っています。
一つ目は、企業の担当役員が3年周期で代わるため、たいていの新規事業が軌道に乗るかどうかのタイミングで中止になってしまうこと。
二つ目は、企業内から出てくる「課題設定力」が乏しいこと。多くの場合が、AIを使って何か新しいことをしなければならないとか、本人たちの実体験を伴わない一般的な課題。自分ごととして考えられないような、ぼんやりとした課題が多いんですよ。最近は、SNSなどから抽出した社会課題をプールするようなサービスもあるようなので、企業はそうしたツールをもっと活用したほうがいいのではないでしょうか。

テックショップが目指した「サービスプロトタイピング」のプラットフォーム

今お話いただいたことはテックショップを運営していく中で見えてきた課題だと思うのですが、その中でテックショップが目指したのは、どのようなことだったのでしょうか。

テックショップをオープンしてからは、日本または東京が「第二の深セン」になるには、どうすればいいのかをずっと考えていましたね。
まず、ハードウェア制作のみに対応した施設では不十分だという壁がありました。ハード制作の前にサービスの全体設計があって、全体設計の中でハードが必要になり、そのハードを自前で作ることでサービサビリティが上がる、収益性が上がるから作る。だからハードを自分たちで作る意味がある。
すなわち、やることは『サービスプロトタイピング』なので、いろんなAIやクラウドなどが自由に使える環境であり、かつ「それを実現するなら、このオープンソースがいい」というようなインストラクションができる専門家がいる。そういう環境が必要なのだと思います。
さらに、機能単位の小さいサイクルで開発工程を繰り返すアジャイル開発においては、『創る→試す→直す』が重要なプロセスですが、誰かに体験してもらった時の表情や動作、声などの反応をデータとして蓄積することで、作り手の意図(設計)と反応(フィードバック)の関係を可視化できるようになるのではないかと考えていました。
質の良いデータが蓄積されれば、海外の企業やスタートアップもこれを活用するはず。世界中からこのプラットフォームが活用されるようになれば、日本または東京が深セン的な役割を担うことにもつながるのではないでしょうか。バーチャルかリアルかは重要ではなく、必然的に世界中から企業やスタートアップが訪れることになれば、結果的に日本の経済基盤が底上げされる。そんなことを妄想していました(笑)。

4年間で2,000〜3,000人規模のネットワークが誕生。
この“つながり”を残し続けたい

残念ながらテックショップは閉店となりましたが、この4年間で得たものをどう残していくべきだとお考えでしょうか。

会員様、取引先様、関係いただいたパートナーの方々などを合わせますと、2,000〜3,000人のネットワークができました。これを消滅させてしまうのは非常にもったいないですし、多くの会員様や関係者様から「残すべきだ」との声をいただいております。テックショップは会社清算してしまう予定なのでサービス提供者にはなれませんが、会員様が自主運営できるようなコミュニティの枠組みを何とか残せないだろうかと考えています。
また、このような施設の運営に関しては、われわれは膨大なノウハウを持っておりますので、時間をかけてでもドキュメント化などして共有できる状態にしておきたいとも考えているんです。『テックショップを介してつながるはずだったけれど、つながり損ねた人たち』がたくさん存在します。それはあまりにももったいないことなので、テックショップがなくなった後でも、そういう思いの人たちがつながれる余地を残しておきたい。そう思っています。

有坂氏へのインタビューを通じて、テックショップのような施設の必要性は、この場から多くの人たちが新しい価値を創出していたことから、十分立証されたと実感しました。まだ世に出ていない近未来のプロダクトやサービスが、ここで作られていたことは事実なのです。
2020年度からプログラミングの授業が義務教育化されると、10年後にはプログラミングネイティブ世代が就職し始めます。その時を前に、『サービスプロトタイピングのラボ』の必要性が声高に叫ばれることは想像に難しくありません。しかしながら、テックショップの事例を見ても、こうした施設の運営につきまとう困難さは大きな課題となることでしょう。
まず、一企業の事業としては、短期的リターンが見込めないうえに、CSRの目的だけでは負担が大きい。一方でスタートアップ支援という事業の性格上、サスティナブルでなければならないことを考えると、一企業による運営ではなく、産学連携や企業コンソーシアムといった運営形態が求められるのではないでしょうか。
また、日本のスタートアップの活性化を図るために海外スタートアップを呼び込むプラットフォーム作りは、まさにスタートアップファクトリー構築事業の目指すところでもあり、今後こうした取り組みが急務であることも改めて実感しました。テックショップの閉店は、いわば1.0の終わりであり、財産として残された実績やノウハウを生かして、どう2.0を描いていくかが重要であると感じました。

  • *テックショップジャパン株式会社公式WEBサイトより引用