事例紹介
TELEXISTENCE
Company profile企業概要
製品・サービス概要

人間と同等の手や腕・胴体の構造を持つ人型遠隔ロボット(テレイグジスタンスロボット)。
TELEXISTENCE®テクノロジー、VR、通信、クラウド、ハプティクス技術を活用した遠隔操作技術を搭載。
人間が遠隔操作ロボットで対象物をハンドリングする動作を教師データとするAIによって、商品陳列や物流ピッキング作業などの自動化へ発展。
ビジネスモデル

ハードウェアの役割/機能

高い精度と高い応答性での遠隔操作を実現しつつ、実際環境下で重量物の保持・移動作業を長時間連続して行うための強度や安全性を備える
case1大学発スタートアップでも製品設計はゼロからスタート
ものづくり:原理試作
当社名「TELEXISTENCE(テレイグジスタンス)」という技術概念の生みの親でもある、東京大学 舘 暲 名誉教授の研究成果をベースとしたスタートアップである。創業前の段階で、既に研究室での試作を完了させており、遠隔で将棋の駒を指す程度の手先の器用さや精度は有していた。このため、当初は「試作を改良していけば製品化できるだろう」と考えていたが、実際には、ハードウェア、ソフトウェア、システムアーキテクチャなど、全てを製品向けに設計し直した。
研究室での試作品は、学術的新規性を追求することが目的であったため、「テレイグジスタンス」という技術概念のコア部分に特化して実装していた。そのため、遠隔操作を行うためのインターネット接続や、重量物の持ち上げや保持、安全性や耐久性、コストなど、実際にプロダクトとして事業化するうえで不可欠な機能や仕様が備わっておらず、最終製品を見据えて大きく方向転換、設計の見直しが求められた。
一方で、テレイグジスタンスというコンセプトやビジョンがあることは、エンジニア人材を惹きつけるうえで大変有難く、国内外問わず、優秀なエンジニアや研究者が次々と入社してくれた。
2018年のモデルHの完成により世の中に初めてテレイグジスタンスの具体的な世界観を提示することができたが、産業で求められる要件を満たし、量産を可能にするには、越えなければいけない壁は高く、果てしないという現実があった。量産設計の経験がある人材の入社、社員自身の急速な学びと成長を通し、一つ一つ壁を乗り越えてきた。

スタートアップが得た学び
- 「ものづくり」は「研究成果」の延長線上にあるとは限らない
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大学研究室の試作は学術的な研究目的で作られているため、製品化を見据えた場合、技術やノウハウを生かしながらも設計をやり直した方が早いケースも少なくない。
試作設計において、特にハードウェアは製造業分野で設計経験のあるエンジニアがいないと、プロダクトとして組み上げることが難しい。
試作設計と量産設計は別物である。量産設計は、関連分野で量産化の出口を経験した人材のナレッジがないと、止血処理なのか、実用化に向けた前進なのかの判断がつかなくなり、適切な意思決定を下すことが難しい。
case2エンジニア採用は地道なスカウト
人材・組織
特に量産経験がある機構設計エンジニアの採用には現在も苦労している。こういった人材は転職市場にもほとんどおらず、仮にいても当社が求める要件を適切に言語化してマッチングすることのできるエージェント業務は極めて難しい。そのため、論文や特許の内容、SNSの情報などを見て、直接メッセージを送り、遠方でも出向いて面談をしている。
面談したなかには、機構設計の経験が豊富な人材もいたが、社内で蓄積された規格や仕様に従って設計しているため、当社でゼロから設計することは難しいと思われるケースもあった。また、産業用ロボットとサービス用ロボットでは、ロボットが使用される環境が全く異なるため、求められる安全性や品質の考え方も大きく異なる。「機構設計の経験」という要件ではマッチしていても、産業用とサービス用の考え方の違いが埋まらないケースもあった。
また、特に大手メーカーとは給与面のギャップが少なからずあり、選ばれにくいケースも少なくない。そんななかで入社してくれるのは、「テレイグジスタンス」というビジョンやコンセプトに共感してくれている人材である。
なお、大手企業からの出向人材も開発とビジネスの隙間を埋める即戦力として活躍してくれている。これまで、大企業で5~10年程度の勤務経験のある人材に、ローンディール*1経由で1年間出向してきてもらったが、多岐に渡る業務であったが積極的に取り組んでくれて大変助かった。まだ仕事が十分に専門化・細分化されていない業務も多くあるようなスタートアップにとって、幅広い業務に対応してきた経験値のある大企業人材は大変助かっており、今後も必要に応じて大企業人材を受け入れていく予定である。
*1:株式会社ローンディールが運営する、大企業の人材をベンチャー企業に
スタートアップが得た学び
- 地道なスカウトの成否を握るのは、共に実現するビジョンへの共感
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スタートアップが求めるエンジニアには、特異的な経験とマインドセットが求められるため、その採用は個別スカウトや面談を地道に繰り返していくしかない。
最終的に人を惹きつけるのは、スタートアップの魅力的なビジョンやコンセプトである。
case3時間軸が異なるハードとソフトの融合に苦労
ものづくり:量産化設計・試作
当社のプロダクトは、ハードウェアとソフトウェアの高度な複合技術であるため、これらが一体となって機能するためには、開発段階から相当高度な水準での相互理解と擦り合わせが必要となってくる。
エンジニアの人数が多くなってきた時期に、ハードウェアとソフトウェアの開発スピードやアプローチの違いを考慮して、タスクを細分化して個々のエンジニアに割り振るようなマネジメントをした。その結果、タスク同士の間にヌケモレが散見され、プロダクト全体として統合できない、機能しないという問題が生じた。「自分自身のタスクは完了した」「責任は全うした」という意識が目立ち、最終成果へのコミットメントが薄まってしまっていた。そこで、敢えてタスクを細分化せず、ユーザー目線である程度の粗さで目標を設定し、チームメンバー全員で目標を共有し、自分たちでタスクを設定し、チームとして達成させるようにしている。
また、ハードウェアは企業での経験がある日本人、ソフトウェアは研究者出身の外国人が多いため、言語の違いも相まって、お互いの考えが伝わらないことが少なくない。例えば、実証実験中に不具合が生じた場合、ソフトウェアのエンジニアがハードウェアに対して提案する修正案が量産性や設計から逆算して現実的でなかったり、逆にハードウェアを修正せずに対処療法的にソフトウェアでなんとかハンドルする方法を考える必要性がでたりと、専門領域の違いからくるアプローチの方法で衝突することも珍しくない。ハードウェアとソフトウェアがお互いの考えを主張し合う機会を設けて、考え方の違いからお互いを理解するように努めている。
ハードウェアの開発は、「絶対に壊れないもの」からコストダウンするアプローチと、コストを重視して「壊れたら改善する」アプローチがあると思うが、当社は後者で開発を進めている。各部品の耐久性試験をいくらやっても、プロダクトに組み込んだ際に壊れる条件までは分からないので、「まず動かして壊す」という発想で、開発プロセスを高速に回している。
なお、開発目標はハードウェアでもソフトウェアでもなく、事業成立を前提として何が必要で、成し遂げなければならないのかといった逆算から設定している。エンジニア主導で開発目標を設定すると、「できること」の積み上げになってしまい、開発のスピードが落ちてしまう。このため、事業目線で多少無茶ぶりくらいの開発目標が設定される方が、特にスタートアップの場合は良いと考えている。
スタートアップが得た学び
- ハードウェアとソフトウェアの考え方のギャップを前提とした対話・コミュニケーションが重要
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新たなプロダクト開発で開発目標を細分化しすぎると、メンバーは目の前のタスクにばかり目が行き、最終成果へのコミットメントが薄れがち。大きめの目標をチームメンバー全員で設定、共有し、メンバー間でコミュニケーションを取りながら開発を進めることが重要である。従い社員の自律性は極めて必要な行動要件となる。
ハードウェアとソフトウェアのエンジニア間には、開発の考え方に大きなギャップがあるため、その前提をお互いが理解し合うようなコミュニケーションを取らなければ、お互いの溝はどんどん深まってしまう。
case4規格・標準に沿ったリスクアセスメントの実施
人材・組織
量産設計に取り掛かる段階で、「安全規格とは何か?」ということを調査し始め、人と協調して動作するサービス用ロボットの国際規格(ISO 13482)があることを学び、この規格ではリスクアセスメントを実施することになっていたため、東京都立産業技術研究センターに依頼した。
リスクアセスメントを実施するにあたっては、当社のプロダクト単体ではなく、プロダクトが動作する周辺環境を含めた全体でリスクを担保することが求められた。例えば、足回りの自律移動機能付き台座部分は、社外の既製品を調達していたが、この台座部分を含めたシステム全体としてのリスクアセスメントを行う必要がある。そのため、台座部分の自律移動センシング方式や通行人の存在、床面の傾斜角度、階段の有無など、当社単独では制御できないような項目も含めてリスクが示された。
リスクの全体像を理解できたことは良かったが、特に当社のようなスタートアップが全てに対応することは難しかったため、当社ではリスク源が限定できるようにロボットの周辺環境を調整するような対応をし、段階的に範疇を広めていく方針を取っている。

スタートアップが得た学び
- 自社単独で対応可能なリスクを絞り込むことで規格・標準に準拠
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スタートアップでも、プロダクトを国内外に広く展開していくためには、規格・標準に準拠した設計が不可欠。早めに公的試験機関・研究機関などに相談することが望ましい。
プロダクトの使用環境などが不確定であると、対応すべき規格・標準、リスクの項目は増えてくる。自社単独では対処しきれないケースも少なくないため、まずは使用環境を限定するなどによって、リスクを限定する対応を取ることが望ましい。